転生したのに0レベル
〜チートがもらえなかったので、のんびり暮らします〜


19 丘の上からの景色



 グランリルの村を出発して、途中で休憩を挟みながら馬車に揺られる事5時間とちょっと。
 街道の長い上り坂を越えて丘の頂上までたどり着き、一気に前方の視界が開けた事によって目的地である衛星都市イーノックカウが僕たちの前にその姿を現した。

 アトルナジア帝国の東の端にあるにもかかわらず、この都市にはなんと4万人以上の人が暮らしている。
 日本人の感覚だと4万人と言うとなんとなく少なく聞こえるかもしれないけど、安全な日本と違って魔物や魔族と言う脅威が存在するこの世界では国の人口そのものが全然違うのだから比べる以前の問題なんだ。
 この大陸の中でも最大と言われる帝国でも全人口は200万人に満たず、その首都である帝都でさえ住んでいるのが10万人程度であると聞けば、地方にもかかわらずこの都市に如何に多くの人々が暮らしているのかが解るだろう。

 丘の上から見えるイーノックカウは、町の中が二重の大きな壁で仕切られていた。
 都市の中心部であり、少し高くなっている辺りには領主の住んでいる場所だろうか? 一見すると砦かと思うような大きな庭付きの建物が建っていて、その周りをお屋敷ばかりの町並みが広がっている。
 そしてそれを囲むように内壁があり、その外側には東西南北にある門から中央に向かって延びる大通りを境にして大雑把に区画が分けられているような感じで色々な形の建物が並んでいた。

 また建物が建てられている場所の他にも、ここからでは遠くて何に使われているのかよく解らない、鉄柵で囲まれた大きな空き地のような場所や縦横無尽に張り巡らされている水路、それに大きな公園らしき物もあって、いろいろなものが混在しているその光景はまさに大都会、僕たちが住んでいるグランリルの村とは全然違うとても華やかな場所のように僕には見えたんだ。
 
「どうだ、イーノックカウは。でかいだろう」

「うん、ぼく、こんないっぱいのおうち、はじめてみたよ」

 初めて見る大都市に圧倒されていた僕は、そこにしか目が行っていなかった。
 だからだろうか? お父さんに街ばかりではなく、ここから見えるその他の場所にも目を向けるようにと優しく注意される。

「ルディーン。初めて見る大都市に目を引かれるのは仕方がないが、今のように新しい場所を訪れてそこを見渡す事ができる高台に登ったのなら、その周りの景色にも目を向けた方がいいんだぞ。この様な辺境ではあまり心配する必要も無いかもしれないが、将来どこか別の場所を訪れたりした時、何かの事件や厄介事に巻き込まれるなんて事もあるだろう。その場合、周辺の地形が解っていなかったと言う理由で生死を別けるなんて事も有り得るからな」

「まわりのけしき?」

「そうだ。例えばどこか国境近くに行ったとしよう。そこにいる時に隣国が戦争を仕掛けてきたとしたらどうだ? 周りの地理を知らなければ、どの方向に逃げればいいか解らないだろう? あとこれは極端な例だけど、森の中のように見晴らしの悪い場所で魔物の大量発生が起こった時でも、その周辺の地形が頭に入っていれば、それが次にどのように動けばいいのかを判断する材料になる。どうだルディーン、周辺の地形や情報と言うのは大事だろ?」

 その話を聞いて、僕は初めてイーノックカウの周りに目を向けた。
 するとなんで今までこれが目に入らなかったんだろう? って言うほど綺麗な景色が眼下には広がっていたんだ。

 外壁の周りは農業地帯になっているらしく、主に麦を作っているのだろうか? 広大な畑が広がっていて、牛や馬、そしてそれを使う人々が忙しそうに働いていた。
 それに都市の東側に見えるのは牧場だろうか? 赤く塗られた屋根の大きな平屋の建物と柵、そして遠くてはっきりとは解らないけど、動物らしき影が動いている姿を見ることができた。

 そんな人々の営みが感じられる場所とは対照的にイーノックカウの北側には大きな川が緩やかに流れていて、その美しい水面は日の光を反射してキラキラと輝いている。
 そしてその先を少し行った所からは見渡す限りの樹海が広がっていて、その大自然が生んだ濃い緑色の絨毯は、まるで人の侵入を拒んでいるかのようだった。

「きれいなばしょだね。でもこんなにきれいなばしょなのに、どうしてあんながんじょうなかべがあるんだろう?」

「おっ、早速ひとつ気が付いたな。何故だと思う?」

 そう聞き返されて、僕は周りの景色に何かヒントがないかと思ってもう一度周りを眺め、そしてある結論に達する。

「もしかして、まもの? あのおおきなもりにも、まものがいるの?」」

「ああそうだ。あの頑丈な壁は魔物からイーノックカウを守る為に存在するんだ。ただあの森に魔物がいるのかと問われれば、居ると言えば居るし、居ないと言えば居ないとしか答えられないなぁ」

 なんかお父さんからは禅問答のような答えが返ってきた。
 それはどういう事なんだろう? 魔力溜まりがあるのなら魔物が居るだろうし、それならあんな近くに森があるのだからあれだけ頑丈な壁を作っているのも解るよね。
 あっ、でもそれだと外にある畑や牧場の周りも壁で囲わないと危ないんじゃないかな? と言う事は居ないって事?

 何を言われたのか解らず僕がぽかんと言う顔をしていると、お父さんがさっきの言葉の意味を説明してくれた。

「あれほど大きな樹海だから、あの中には当然魔力溜りがある。前にも話したけど、動物が住みやすい場所には魔力溜りが発生しやすいからな。だけどその魔力溜りは樹海のかなり奥の方にあるらしくて、外周部分に居る動物が魔物に変異する事はないんだ」

「ああ、だからまものはいるけど、いないっていったんだね」

 さっきのあれば多分、奥へ行けば居るけど外周部には居ないと言う意味なんだろう。

「ルディーンは賢いな。その通りだ。ただな、魔物の行動範囲は広いから少ないとは言っても森の外周部で出会うこともあるし、数こそ少ないが森の外まで出てくることもある。それにグランリルの近くの森と違ってこの樹海には亜人も住んでいるんだ。その中でもゴブリンとかコボルトは厄介でな、奴らは小さな体を利用して物陰から襲ってくる。ただ、危険な存在だからこそ冒険者には見かけたら必ず狩るようにと常時依頼が出てるし、奴らも外周部まで来れば狩られる事が解っているから、魔物と違ってそう簡単には姿を現さないがな」

 ゴブリンやコボルト、この世界にもやっぱり居るのか。
 グランリルの村周辺には亜人どころかエルフやドワーフも居なかったから、その手の生き物は居ないのかも? なんて思ってたけど、と言う事はオークとかオーガも居るのかなぁ? もしかしてドラゴンとかも? あっ、でもドラゴンが居たとしても出会いたくないなぁ、食べられちゃいそうだし。

 そんな僕の馬鹿な想像をよそに、お父さんの話は佳境に入っていく。

「とまぁ、そんな亜人や魔物対策であの壁は存在するんだけど、実際の所それ程心配する必要も無いんだ。あの川が森と人の生活空間とを仕切っているおかげで、たとえ少しばかりの魔物たちが森の外に出てきたとしても街まで来る事はないし、万が一魔物の大量発生が起こって森からあふれ出したとしても、あの川にかかっている橋を落としたり、そこまでしなくてもいいくらいの数ならその橋で待ち構えて討伐すれば事足りる。あくまで念の為だな、あの壁があるのは」

「そうか。だから、はたけにはさくがなくてもいいんだね」

 川が天然の堀の役割を果たしているというわけか。
 この都市がここにできたのもあの大きな川のおかげで生活や農作業に絶対必要な水を得る事ができる上に、その川のおかげですぐ近くに恵みを比較的に安全に得る事ができる森があるからなんだろうなぁ。
 そしてだからこそ、こんな辺境なのに多くの人たちがこのイーノックカウに住んでいるのだろう。

 この場所に最初に目をつけて街を作ろうとした人は、きっとそこまで考えていんだと思う。
 目の前に広がる景色を見ながら、僕はそんな人の知恵と言うものにちょっと感動したんだ。


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